学生時代の記録・3/3 〜航海日誌〜
最後は、大海原への航海のお話です(航海番号NT09-11)。
ーーー深海に眠る「生命誕生の場」へ。
最初で最後の航海、果たして上手く行くのでしょうか!?
7月26日「沖縄到着」
9:23 本州上空 航空機内
4時起き。。とはいえ、待ちに待った「航海」なので、わくわくしながら電車に乗って、今は飛行機の中。船が停泊している沖縄へ移動中です。
飛行機を作った人類の素晴らしさと、青い地球の素晴らしさに感動しつつ、最初の航海日誌を書いています。航海は明日からだけど。
そういえば、宿は取ってない。船の着岸場所である那覇市に強い風が吹いているらしく、着岸場所が名護市に変わる可能性があるとのこと。だから、沖縄に着いたら、まず船の場所をTELで確認して、宿探し。
7月27日「出港」
23:57 沖縄海上 船内
航海1日目は目的の海域に進むだけなので、実験とかは特に無いんだけど、下準備してたら、こんな時間に。
で、こういう時は決まって
「あ、あれ持ってくんの忘れた。」
「えっと、何すればいいんだ?」
という事が起きる。
で、それが自分の身に起きるとヘコむのだけど、相方とかに起きると、「ざけんなょ…」ということになる。でも、今回はこの航海のために、1年以上作戦を練り、数か月かけて超完璧なToDoリスト、スケジュール表、ブワーって感じの試薬濃度一覧表を、エクセルで作って準備してきたのだ!
あ、そして、船が向かう目的の海域は伊平屋北*2という場所だったんだけど、その海域に大量のマグロがいるようで、何やらマグロ漁船とぶつかるから、目的地を変えるかもしれないとの噂。
7月28日「下準備」
22:00 沖縄海上 船内
結局、マグロ漁船が伊平屋北に来たということで、目的の海域を鳩間海丘*3という場所に変更。ということで、今日は鳩間海丘への移動時間。
この日やったことと言えば、無人潜水艇*4に実験器具をセットする準備くらいで、残りの時間はほとんど寝ていた。というか、ベッドに横になると、なぜか眠くなる。揺れが心地よいのかなんなのか。ベッドに腰掛けるのも眠気を誘う。
そういえば、ここまでの天気は快晴で、風もほとんど無く、船の揺れはかなり小さい。だから、警戒していた船酔いも全くない。
明日は、いよいよ無人潜水艇を深海へ潜航させる。この航海のメインイベントですね~。
残念なのは、伊平屋北ではなく、鳩間海丘なこと。今まで伊平屋北を想定して実験を進めてきたのに、マグロのせいで、めんどくさいことになった。
(この日辺りから日誌を書くのがめんどくさくなってきて、文章量が減ってきます…)
7月29日「失敗」
7月31日「成功?」
23:21 沖縄海上 船内
30日の保圧採水器による採水は上手くいった、かと思えた。というのも、採水器を2本使ったのだけど、片方が半分くらいしか採水出来てなかった。
30日は別の実験も行った。採水器とは別の方法で採水した海水を冷蔵庫に保存。本当は深海と同じ4℃で保存したいのだけど、この冷蔵庫は温度が激しく変化するので、あまり信用できない。
その後、昼飯を食べて、というか、早く実験したいのだけど、この「飯」は時間通りに食べに行かないと怒られる。
飯後は、冷蔵庫に入れておいた海水を小瓶や特殊な袋に入れて、それぞれ冷蔵庫内と加圧装置内に入れて培養*6開始。と、ここまでの作業を全て一人でやったのだが、4時間かかった。。
そして、今日も保圧採水器を2本使い海水を採取し、昨日と同じ培養実験もやった。今日は上手くいった。
これで、航海での大体の目的は果たせたのだけど、船上での培養実験には、やはり無理があることを実感。というのも、海水を船上に持ってくることにより、深海と異なる環境に長くさらされてしまい、深海では元気だった微生物もやる気をなくすから。
また、航海中は多くの実験をするよりも、洗練した実験に絞り、なるべくシンプルな計画を組み立てたほうが良いのかな~とか、量より質を重視し、複雑で多様な実験は避けるべきだったかな~と、ちょっと反省。
この日、船員から、台風になりそうな低気圧が迫っているとの連絡を聞き、またまた予定を変更。鳩間海域から北上し、本来の目的地である伊平屋北を目指すことに。もちろんマグロ漁船がいたら航海は中止なので、賭けである。
8月1日「消化不良」
8月2日「トビウオ」
20:43 沖縄海上 船内
昼間に海を眺めていると、海鳥が4~5羽ほど船首の辺りを飛びながら、時々左に流れ、海面に向かう様子が見えた。何やってんだと思いながら、よく見ると、鳥が向かう先に、白い光るものが海面上を一瞬移動しているのが見えた。いくつも。
しばらくして、再び海を眺めにいったら、突然海面から…ミサイル!? いやいや…鳥?何かピュンピュン出てきて飛んでった!
…って、あれはトビウオじゃん!すげぇ、トビウオ!
テレビで300mくらい飛行すると言っていたのを思い出したが、本当にそれくらい飛んでそう。船の脇から出てきてはるか彼方まで飛んで行った。進化はすごい!滑空の様はかっこいい!
そして船は横須賀湾を目指してひたすら進む。帰るな~。暇なので、娯楽室にある漫画を読むことに。スラムダンクはアニメで見たから、最終巻をメインに読んで、後は「のだめカンタービレ」を読み続けた。まぁまぁ面白い。
8月3日「打ち上げ」
8月4日「下船」
東京陸上 自宅内
ということで、予定よりも早く帰ってきてしまいました。寂しいものです。
台風やマグロに合わなければ7日に下船する予定だったので、8/6~8に開催される夏の学校には参加できないとメンバーには伝えていたんだけど、とりあえず、「夏の学校に行くよ(←超要約)」とメールしました。
この夏の学校のために、1年ほど頑張ってきたので、航海がこのタイミングで終わったことは、ある意味運が良かったのかもしれない。
と、ポジティブに考えることにした。
ま、研究生活最後の一大イベントが終わってしまって、ちょっと寂しい時に、若手研究者の仲間たちに会えるのは、嬉しいし、癒されます。
アディオス!研究!
航海を終えて
あっという間に終わってしまった航海ですが、体験したことは割と鮮明に覚えていて、社会人生活をしていると、「研究者として、もう一度航海に行きたいな〜」と今でも時々思います。船の上ではどこを見渡しても海しか見えなくて「地球は水の惑星なんだなぁ」と実感しました。
また、生命が誕生したかもしれない神秘の場所を、この目で見れたことは、数億年の進化の果てがまさに今であることを思い知らされる体験でした。
「この目で見る」という体験が人に与える影響は、写真や言い伝えでは得られないものなんだという発見でもありました。
「夏の学校」終了後、航海で採取した微生物の分析を続け、12月上旬には仮説通りの結果を出すことに成功し、2月末に修士論文を書き上げました。
深海の微生物を採取し培養するという本航海での作業は、修士論文の中でも最も重要な内容となっています。
航海そのものは、実質1週間ほどでしたが、航海までの道のりは約1年半に及びました。
とても長い道のりで、多くの不安や、多くのプレッシャー、多くの責任がありましたが、本気で目指すものがあったから、続けてこれたのかなと思います。
研究者に戻ることはもうないけれど、また何らかの方法で冒険に出れたら良いなと思います♪
編集後記 さいごに
研究者としての肩書きはたった2年間でしたが、そのきっかけとなった学生生活や勉強をしていた時代も含めれば、13年近くに及ぶ学術分野での戦いでした。
そんな戦いの中で、頭の中の妄想ではなく、生命科学の勉強や天体観測、生物実験や論文の読解、課外活動や航海、多くの科学者との交流を通じて辿り着いた、自分なりの、研究者としての1つの結論は「ポジティブな意味で、たぶん宇宙人はいない」ということでした。
宇宙人がいるかどうかは、科学者の間でも意見がわかれるところです。最近の研究では、水のある地球に似た惑星が、意外にも多いことがわかってきています。また、生命の材料となる有機物が宇宙空間にあることも明らかになりました。
生命の材料や生命誕生の場は、宇宙空間にありふれているのです。
だからきっと、生命の誕生それ自体は、それほど難しいわけじゃなく、微生物のような地球外生命体なら割とたくさんいると思います。微生物が宇宙空間や他の惑星でも生きていける可能性を持っていることも、それを裏付ける事実のような気がします。
ただ、その微生物が何十億年もかけて人間のような生命体にまで進化するには、星の数をも超える奇跡が必要なんじゃないかと思うのです。
月の存在や、光合成生物による酸素の大量放出、地球の全球凍結、隕石衝突による恐竜の絶滅、そして、人類同士の生存競争など、人が誕生し高度な文明を築くまでの46億年の間には、数えきれないほどの奇跡が起きていて、きっとどれか一つでも欠いたら、今いる人間は存在しないんじゃないかと思いました。
人は別の星で生まれ地球にやって来たなんて説もありますが、いずれにせよ、「人の生きるメカニズムには、宇宙と生命の神秘に関わるスケールの大きい何かがあり、宇宙の中では奇跡的な存在なんだ」と思います。
なーんて事を、普段の社会の中で考えると、そこまで空気を読んで、そこまで細かい事を気にして、そこまで人の言葉に耳を傾けて、そこまで悩んで生きなくても良いんじゃないかと思ってしまいます。成功や失敗なんて、46億年のスケールに比べたら、かな〜〜りどうでもよくなってきます。
自分のやりたいようにやって、自分の生きたいように生きて一生を終わらせた方が勝ち組なのかもしれないですね。ま、それが難しい世の中ですが。
と、そんな結論に至ったわけですが、最後に「生命の起源」という大きな難題に挑戦できたことは、この13年を締めくくる良いゴールだったのではないかと思っています。
*1:炭素14を含む、二酸化炭素やアミノ酸などの放射性物質。コンビニ弁当に入ってる醤油くらいの量でも数万円かかる。マウスなどの生物実験にもよく使われ、今回は微生物に使用。使用するには法律上の問題をクリアする必要があり、試験受けたり、隔離施設で訓練したり、偉い人のハンコ貰ったり、郵送業者と会議したり、もう大変。。。
*2:熱水噴出孔がたくさんある場所その1。沖縄本島に近い北西の海域にある。マグロが大量にいるらしい。
*3:熱水噴出孔がたくさんある場所その2。沖縄の南西の海域にあり、近くに西表島や石垣島があるので、研究者に人気の調査場所だとか。
*4:海洋調査のために開発された無人の潜水艇。母船からケーブルでつながり、遠隔操作ができる。今回登場するのはJAMSTECの「ハイパードルフィン」。様々なハイテク装備を搭載することができる。カッコいい♪
*5:スーパー頑丈な容器で、深海水を採取して船上まで持ってくる際、水圧は数百気圧~1気圧へと変動するが、採水器の中は海水を採取した時点の圧力を維持することが出来る。1本で数十万する。
*6:微生物の飼育方法。微生物の生態によって飼育方法が異なる。深海の微生物は当然、深海と同様な条件で飼育するのが望ましいが、それを実験室内で実現するのは極めて難しい。温度や気圧、エサとなる二酸化炭素や有機物、その他代謝に必要な硫化水素や水素、金属元素などの物質を細かく調整する必要がある。 たいていは微生物種ごとに最適な飼育方法が論文として公開されているが、飼育方法が解明されている微生物は全体のごくわずかである。